こんにちは、カメちゃんです!
今日は、視覚障害者のリアルな声をお届けします。
テーマは、
「だんだん目が見えなくなっていく中で、つらいと感じたこと3選」
です。
僕の視覚障害の原因は、網膜色素変性症という病気です。
少しずつ視野が狭くなったり、視力が低下したりする病気で、人によっては最終的に失明することもあります。
僕自身、病気が分かったときには「40代で失明する可能性がある」と言われました。
そして現在、左目の視力はほとんどありません。
中学生の頃は、まだ両目で見えていました。
そこから1年、また1年と少しずつ見えにくくなってきました。
この記事では、少しずつ視力を失っていく僕が「つらい」と感じた3つの出来事を、実体験から書いています。
「見えなくなっていく人には、こんな気持ちもあるんだ」
そんなことを知ってもらえたらうれしいです。
日常生活の中で困ることや大変なことはたくさんあります。
その中でも今回は、「見えなくなっていくことがつらい」と強く感じた3つの出来事を紹介します。
特に3つ目は、僕自身が視覚障害になってから強く感じるようになったことです。
この記事を通して、なかなか外からは分かりづらい視覚障害者の本音を、一人でも多くの人に知ってもらえればと思います。

1.これまでできていたことが、できなくなった瞬間
まず最初につらいと思ったのは、
「今までできていたことが、できなくなった瞬間」
です。
僕は、最初からできないことについては、それほどつらく感じません。
例えば僕は、車の運転をしたことがありません。
だから「運転できなくなった」としても、そもそも運転していた経験がないので、そのつらさを具体的にイメージできません。
でも、今まで普通にできていたことができなくなる瞬間は、結構つらいです。
最近それを感じたのが、昔やっていたゲームを久しぶりに遊んだときでした。
なかなかクリアできず、同じところで何度もつまずいてしまったんです。
「昔はもっと簡単にクリアできていたのにな」
そんなことを思いました。
ゲームなんて、できなくても生活には困りません。
でも、僕は4人兄弟の中でもゲームが一番強かったので、余計に悔しさを感じました。
そして、これが実生活になるともっと増えてきます。
例えば買い物。
ジュースを買ったつもりが、違う種類を買ってしまうことがあります。
家の中でも同じです。
自分でテーブルの上に置いた物が見つからないことがあります。
別に、物を置いた場所を忘れたわけじゃないですよ(笑)。
「テーブルの上に置いた」ということ自体はちゃんと覚えています。
でも、テーブルの「どこ」にあるのかが見えない。
だからテーブルの上を手で触りながら、
「どこや、どこや……」
と探し回ることになります(笑)。

昔だったら目でパッと見て取れた物を、今は手で探さないと見つけられない。
一つひとつは小さなことです。
それでも、こういう瞬間が日常生活の中で少しずつ増えてきました。
一人で買い物をするのが難しくなったり、外食でスムーズに注文できなくなったり。
最近ではセルフレジやセルフオーダーなど、昔とは仕組みそのものが変わってきている部分もあります。
「昔は自分でできていたんだから、自分でやりたい」
やっぱり、そう思ってしまいます。
できなかったことができないのではなく、
できていたことが、少しずつできなくなっていく。
これは、見えなくなっていく中でつらいと感じることの一つです。
2.人に迷惑をかけることが増えたと感じる瞬間
次につらいと感じるのは、
人に迷惑をかけてしまったと感じる瞬間が増えたことです。
僕は、生きている以上、人に迷惑をかけることはある程度当たり前だと思っています。
だから、見えにくいからといって何でも遠慮するのではなく、頼れるところは人に頼るべきだと考えています。
ただ、これも1つ目の話と少し似ています。
昔はできていたのに、見えなくなったことで人に迷惑をかけてしまう。
そんな瞬間は、やっぱりつらく感じます。
例えば、歩いていて人にぶつかってしまったり、近づいてくる車に気づくのが遅れてしまったり。
昔だったら、相手に気づいてサッと避けられたことが、今ではできないことがあります。
実際に人にぶつかってしまったときは、もちろん、
「すみません!」
という気持ちになります。
ただ、相手が「大丈夫ですよ」と言ってくれれば、僕も「すみません」で終われます。
むしろ心苦しくなるのは、相手がものすごく心配してくれたときです。
「大丈夫ですか?」
「ケガしてませんか?」
と何度も心配してくれる方もいます。
もちろん、優しさで声をかけてくれていることは分かっています。
だからこそ、
「自分が見えなくてぶつかってしまったことで、こんなに心配させてしまった」
と、申し訳なくなることがあります。

「昔はできたのに、今はできない」という悔しさ。
そして、
「相手に迷惑をかけてしまった」という申し訳なさ。
この2つが一緒にやってくる感じです。
もちろん、仕方がない部分もあります。
それでも、できることなら人に迷惑をかけたくないと思うのは、視覚障害があるかどうかに関係なく、自然な気持ちなんじゃないかなと思います。
3.家族の顔が見えなくなってきたと実感した瞬間
そんな中でも、僕が視覚障害になって一番つらいと感じたのは、
家族の顔が見えなくなってきたことを実感した瞬間です。
家族というより、「身近な大切な人」と言ったほうがいいかもしれません。
左目の視力がほとんどなくなってから、親や兄弟の顔も、以前のようにはっきりとは分からなくなってきました。
いつか見えなくなる可能性があることは、ずっと前から分かっていました。
でも、「分かっていること」と「実際に見えなくなること」は全然違います。
僕の中で特に強く残っている家族の顔は、20歳、21歳くらいの頃の記憶です。
僕は21歳のとき、一人暮らしをするために地元を離れて大阪に出てきました。
それからは地元に帰る回数も減りました。
連絡は取っていたので、家族と久しぶりに話すような感覚はありません。
でも、実際に顔を見る機会は大きく減りました。
1年も会わなければ、兄弟も成長します。
親や親戚も少しずつ歳を重ねていきます。
今では兄弟もみんな20代になり、両親も還暦が近づいています。
当然、20歳や21歳だった頃に僕が見ていた家族の姿とは変わっていると思います。
でも、
僕の頭の中に残っている家族の顔は、あの頃のイメージが強いままです。
もし今、急に視力が良くなって家族の顔をはっきり見ることができたら、
「こんな顔になったんや!」
と、僕のほうが驚くかもしれません。

盲学校に通っていた頃、クラスメートとこんな話をしたことがあります。
「視力を失うと分かっていて、一番つらいことは何だろう?」
そのときに出てきたのが、
「親の顔が見えなくなること」
でした。
当時もその意味は分かっていたつもりでした。
でも実際に見えにくくなってくると、その言葉の意味を改めて実感します。
身近な人、大切な人の顔が、目の前にいるのにはっきり分からない。
これは、やっぱりつらいです。
妻の顔については、少し感覚が違う
一方で、妻については少し感覚が違います。
妻と出会ったときには、すでに今に近い視力の状態でした。
そのため妻の顔については、写真を拡大して見たときのイメージも強くあります。
ただ、一緒に生活しているので、近くで顔を見る機会もたくさんあります。
だから、僕なりに妻の顔は分かっています。
そして妻は、
「もし視力がなくなっても、私がサポートするから大丈夫」
という気持ちでいてくれています。
だから僕自身も、
「たとえ顔が見えなくなっても、信頼しているから大丈夫」
という気持ちのほうが今は強いです。
もちろん、本当に視力を失ったときに自分がどう感じるのかは分かりません。
今と同じことを言えているかもしれないし、ものすごくつらく感じるかもしれない。
それは、そのときになってみないと分からないと思っています。
見えなくなる未来より、今ある視力で生きたい
今でも、視力がなくなることに対する不安はあります。
むしろ、不安になるのは当たり前だと思っています。
今よりできなくなることは、きっと増えるでしょう。
「つらいな」
と感じる場面も増えるかもしれません。
でも最近は、それ以上に、
「今、この瞬間を、視力がある自分なりに楽しもう」
と思えるようになりました。
視力を失った後のことを、今どれだけ悩んでも、その未来が変わるわけではありません。
それなら、まだ見えている今を楽しみたい。
行きたいところに行く。
会いたい人に会う。
やってみたいことに挑戦する。
見えなくなった後の人生を今から心配し続けるより、今の自分にできることを全力でやりたい。
そう思えるようになりました。
視覚障害をネガティブに考えていなくても、つらいことはある
普段の僕は、視覚障害をそこまでネガティブには捉えていません。
でも、だからといって、つらいことがないわけではありません。
楽しいこともある。
恵まれていると思うこともある。
そして同時に、
「見えなくなっていくのは、やっぱりつらいな」
と思うこともあります。
どちらも僕の本音です。
今回は少しネガティブな部分について書きましたが、こういう気持ちも含めて、
「視覚障害者として生きるって、実際どんな感じなの?」
というリアルを、これからも発信していきたいと思います。
良いことだけではなく、つらいことも。
できるようになったことも、できなくなったことも。
どちらか一方だけではなく、視覚障害者として生活している僕自身のリアルな部分を伝えていけたらと思っています。
よかったら、これからの記事も読んでみてください。
YouTubeでも、こういった本音の話をしていこうと思っています。
興味があれば、ぜひチャンネルも覗いてみてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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