こんにちは、カメちゃんです!
「ミニマリスト」という言葉も、すっかり当たり前になりましたね。
テレビやYouTube、本を見ていても、
「ミニマリストになる方法」
「ものを減らして豊かに暮らす」
「捨てることで人生が変わる」
なんて言葉をよく見かけます。
それだけ「ものを減らしたい」と思っている人が多いんだろうなと思います。
でも、視覚障害のある僕の場合は少し違いました。
僕は、ミニマリストになりたかったわけではありません。
気がついたら、ミニマリストみたいな生活になっていました。
その理由は、たぶん一つ。
視覚障害とシンプルな暮らしは、ものすごく相性がいい。
今回は、視覚障害のある僕が、なぜものを減らすようになったのか。
自分の生活を振り返りながら書いてみようと思います。
視覚障害のある人だけではなく、
「ものが多くて疲れる」
「探しものばかりしている」
「もっとシンプルに暮らしたい」
そんな人にも、何かヒントになるかもしれません。
視覚障害があると、ものが多いだけで疲れる
そもそも僕にとって、家の中にものがたくさんある状態は、結構なストレスです。
どこに何があるのか把握できていないと、
「あれ、どこに置いたっけ?」
ここから家中の捜索が始まります。
さらに困るのが、昨日までなかった場所にものが置かれているとき。
歩いていると……
ゴンッ!
足の小指をぶつける。
下手すると転ぶ。
家の中なのに、突然障害物競走が始まります(笑)
6人家族だった実家では、ものの場所を把握できなかった
僕の実家は6人家族でした。
当然、家の中にあるのは自分のものだけではありません。
家族それぞれのものが、いろいろなところにあります。
そのため、ものにぶつかったり、倒したり、壊したり。
そんなことは日常茶飯事でした。
だから僕は、子どもの頃から無意識に思っていたのかもしれません。
「自分が暮らす家では、どこに何があるのか把握していたい」
今振り返ると、これが僕のシンプルな暮らしの原点だった気がします。
21歳、一人暮らしを始めてものが減った
21歳で一人暮らしを始めた頃には、視力も少しずつ落ちていました。
だから僕の部屋は、とてもシンプルでした。
極端な話、家にいなくても、
「家のどこに何があるか」
だいたい頭の中で分かる。
そんな状態が好きでした。
でも今振り返ってみると、
「ものを減らしたい!」
と思っていたわけではありません。
僕が求めていたのは、もっと現実的なことでした。
- 怪我をしたくない
- 探しものをしたくない
- 自分の持ちものを把握していたい
ただ、それだけだったんです。
ものが減ると「探す・迷う・管理する」が減った
ところが面白いことに、持っているものの数を把握できるようになると、僕はすごくご機嫌に暮らせるようになりました。
探さなくていい。
迷わなくていい。
管理に頭を使わなくていい。
見えにくい僕にとって、ものを減らすことは「おしゃれなライフスタイル」ではなく、生活をラクにするための工夫だったんです。
ミニマリストになろうと思ったわけでも、ものを捨てることに強いこだわりがあったわけでもありません。
ただ、暮らしにくさを一つずつ減らしていった。
その結果として、ものも減っていきました。
ものだけじゃなく、考えることも減らしたくなった
この考え方は、だんだん家の中だけではなくなっていきました。
財布の中には何が入っているのか。
服を何枚持っているのか。
何をいつまでに買うのか。
今日やることは何なのか。
スケジュールはどうするのか。
こういうものまで、できるだけシンプルにしたくなりました。
理由は簡単です。
複雑になると、それだけ考えることが増えるから。
特に見えにくい状態で、たくさんのものを管理するのは結構大変です。
だったら最初から、
「管理するもの自体を減らしてしまえばいい」
気がついたら、そんな考え方になっていました。
でも、僕は「ものが少ないほど偉い」とは思わない
ここは、僕の中では結構大事なところです。
僕はミニマリスト的な生活が好きですが、
ものは少なければ少ないほどいい、とは思っていません。
家電も普通に持っています。
服も必要な枚数は持っています。
趣味のものだってあります。
そこで僕が、ものを買うときや残すときに大切にしている基準があります。
それが、
「これは自分をご機嫌にしてくれるか?」
ということです。
「ときめく」より、僕は「ご機嫌になれるか」
片付けで有名な近藤麻理恵さんの「ときめくか、ときめかないか」という考え方がありますよね。
僕の基準も、それに少し近いのかもしれません。
ご機嫌になれるものを、自分が管理できる数だけ持つ。
これが一番しっくりきます。
だから僕は、「ミニマリスト」というより「シンプリスト」に近いのかもしれません。
大切なのは、ものの少なさではなく、
自分にとって必要なものが分かっていること。
僕にとっては、それがシンプルに暮らすということです。
結婚したら、ミニマムライフ終了(笑)
ところが、結婚すると話が変わりました。
独身の頃は、自分のものだけ管理していればよかった。
自分が必要ないと思えば、自分の判断で減らせます。
でも、結婚したら当然そうはいきません。
さらに我が家には猫もいます。
- 妻のもの
- 僕のもの
- 猫のもの
- 生活用品
気がつけば、独身時代より明らかにものが増えました。
グッバイ、ミニマムライフ(笑)
最初は戸惑う部分もありました。
でも、一緒に暮らしていくうちに、
「ものが多い=暮らしにくい」ではない。
ということも分かってきました。
大切なのは、単純なものの数ではありません。
- どこに何があるのか分かること
- 必要なものにアクセスできること
- 一緒に暮らす人も心地よく生活できること
妻も僕の見え方を考えて、ものの場所を分かりやすくしてくれています。
だから独身時代よりものは増えましたが、それでもご機嫌に生活できています。
僕が目指しているのは「少ない生活」じゃない
こうして自分の生活を振り返ってみると、僕が求めていたのは「ものが少ない生活」ではなかったんだと思います。
僕が欲しかったのは、
「自分で選べる生活」
でした。
興味のないものは減らす。
必要のない選択肢も減らす。
例えば、服にあまり興味がなければ、似た服を何枚か持って迷わないようにする。
その代わり、自分が好きなものや趣味にはちゃんとものを持つ。
そして、そのとき本当に必要になったものなら買う。
だから僕の暮らしには、
「服は○着まで」
「家にあるものは○個まで」
みたいな厳しいルールはありません。
僕がものを持つときの基準は2つだけ
今の僕の判断基準は、とてもシンプルです。
① これは今の自分をご機嫌にしてくれるか?
② 自分が把握・管理できる量か?
基本的には、この2つです。
ものを減らすこと自体が目的になると、今度は、
「もっと捨てなきゃ」
というルールに縛られてしまいます。
それでは、僕にとってはシンプルではありません。
必要なら持つ。
必要なくなったら手放す。
好きなら残す。
興味がなくなったら減らす。
ものの数ではなく、「自分で選んでいる感覚」を大切にする。
それが、今の僕の暮らし方です。
視覚障害が教えてくれた、僕なりのシンプルな暮らし
視覚障害がきっかけで始まったシンプルな生活ですが、気がつけば「自分にとって何が大切なのか」を考える習慣にもなりました。
だから僕は、ミニマリストになりたいわけではありません。
自分に必要なものを、自分で選べる人でいたい。
その結果として、今も僕の生活は比較的シンプルです。
ミニマリストなのか。
シンプリストなのか。
正直、呼び方は何でもいいのかもしれません。
僕にとって大切なのは、「どれだけ減らしたか」ではなく、「何を自分で選んだか」です。
次回は「僕がものを捨てる基準」について
次回は、そんな僕が実際に「何を基準にものを捨てているのか」について書いてみようと思います。
僕は、ものを捨てるのが結構好きです(笑)
なぜ捨てると心が軽くなるのか。
そして、何を残して、何を手放すのか。
僕なりの「捨てる基準」を紹介します。

